劇場版スタァライト感想と考察vol.10 「なんだか強いお酒を飲んだみたい」大場ななは星見純那にどう答えてほしかったのか

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「なんだか強いお酒を飲んだみたい」
大場のこの台詞、ずっと考えていました。
観るたびに、観るたびに、ずっと考えていました。
いろんな解釈があっていいと思います。
ここまで観てきて私が受け取ったもの、考えたことをここに残します。

まず、この台詞、何かの舞台や物語の言葉の引用ではないと考えています。
なぜかというと、もしこれが引用だとしたら、純那なら問いかけの答えを知っているはずだからです。
大場的には純那の言葉が聞きたいわけですから、ここで他の物語の返しを聞いても意味がないでしょう。

次に大場はポジションゼロをしてから、この台詞を言っていることがポイントになると考えています。
ポジションゼロしてから台詞を言ったことの具体的効果については2点考えられます。

1点目は、レヴューの表向き役割から降りたところで純那に語りかけることです。
イメージとしては、ちょっとずれるかもしれませんが、教師が教壇を降りて生徒に語りかけるときの心情に近いのではないでしょうか。
演じるべき役、世間体などは置き、超個人的な問いかけを、超わがままな願いを、大場は純那だけに言いたかったのではないでしょうか。

2点目は、もう一つの問いかけ「列車は必ず次の駅へ。では舞台は? 私たちは?」との差別化です。
「列車は必ず次の駅へ。では舞台は? 私たちは?」という台詞は華恋やクロディーヌのスマホにも送られていたことから、大場がワイルドスクリーンバロック脚本時に事前に台本に書いていた台詞であると考えられます。
舞台に立つ覚悟を問いかける趣旨のこの台詞に、純那は答えられませんでした。
最初はそれに対する、大場の救済措置として「なんだか強いお酒を飲んだみたい」が3回問いかけられたのかなとも考えていたのですが、だとするとポジションゼロをとる前に「なんだか強いお酒を飲んだみたい」を投げかけないとレヴューが終わってしまい、純那の負けが確定してしまいます。「列車は必ず次の駅へ。では舞台は? 私たちは?」が台本に書かれた台詞とすると、「なんだか強いお酒を飲んだみたい」はアドリブ的な存在に感じました。アドリブを投げることで、なぜ今この台詞を言ったのか考えてほしかった意図が大場にはあったのではないでしょうか。
以上のことから「なんだか強いお酒を飲んだみたい」には「列車は必ず次の駅へ。では舞台は? 私たちは?」とは別の趣旨があると考えられます。

「酒」は劇中で登場するネクタルをあらわしていると考えられます。

【ネクタル】
ギリシア神話の神々の飲み物。蜜(みつ)の酒、または特殊な植物の蒸留酒で、香りよく、味わい絶妙。アンブロシアと同様これをとるものは不死と永遠の若さを約束された。(日本大百科全書(ニッポニカ))

真矢クロのアニマル将棋シーンに出てくるネクタルの缶には「~の飲む不老長寿のジュース」と書かれていました。
不老長寿が永遠のキラめきを想像させることと、あえて誰が飲むのかをぼかしているところがポイントになるのではないかと考えました。

vol7の記事で、狩りのレヴューにおいて、大場ななは自分の心情を純那の台詞にあてて書きつけている、という話を書いたのですが、この考えのもと狩りのレヴューを振り返ると、純那の台詞に次のようなものがあります。
「私の邪魔をするなら、あなたを捕らえるわ。この、狩りのレヴューで」
しかもここで落ちてくる檻が3重。ロロロ。
再演という名のロンド。
ロンド・ロンド・ロンド。

大場ななの進路面談の中庭の最初のカットを思い出してほしいのですが、大場がミロのヴィーナス像に向かって歩いていく描写がありました。
あのミロのヴィーナス像が星を掴もうとして両腕をもがれた純那に私は感じました。
「君は美しかった。愚かで、熱く、美しかった」がここに表現されているのではないでしょうか。
狩りのレヴューではミロのヴィーナス像の位置に星摘みの塔が建っています。
純那が大場の用意した舞台を否定し自分がこの舞台の主役星見純那だと叫んだことで、この星摘みの塔は壊れます。

「なんだか強いお酒を飲んだみたい」
大場ななは純那に、飲めば永遠の青春のキラめきを手にできる酒を一緒に飲んでほしかったのではないでしょうか。
この願いが、ななと純那が二人で顔を見合わせて写るあの写真に込められていると感じました。
だからこそ、狩りのレヴューの最後で、刀でつけた溝が泉の「水」によって埋まったのではないかと思います。

ここまで考えると、純那の台詞「でもいつか、いつかまた新しい舞台で、一緒に」は、ななの「なんだか強いお酒を飲んだみたい」の問いかけに対する、これ以上ない答えになっているのではないでしょうか。

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